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東京ガガガ

 

 

園子温「東京ガガガ」

ここから先は左右なし上下なし東京ガガガ廃墟ガガガ

路上の再生

文化がするべきこと「あんいこーる」活性化されるための道具
路上に元気がないと時代に活気がなくなる
いい文化が生み出せなくなる

5月30日
トランシーバー
「くそったれの日曜日、どこにいこうか」
園子温の声を合図にスクランブル交差点を走り抜ける様々な人々
数十分もの間、交差点を封鎖
「一日がつるつるして
町のどこかがとがってさえいりゃあ
そこに服の袖でもひっかけてもがきてえ
すべるだけの日どこへいこうか」

東京ガガガは映画であり芝居であり
音楽であり、そして詩そのものなのだ
それをいっさいのジャンルがストレートに路上で
町とぶつかりあい、原始的な表出をし、
闇鍋の如く、煮えたぎる世界」ガガガ

「町と、人と、ぶつかり合えれば何だっていいのだ!
ノンジャンル、すべてのジャンルを巻き込んですべてのジャンルを逸脱していくスリルがガガガだ」

10月9日「核実験反対ガガガ」

バウスシアター 園子温降臨祭ヴァキテ・ヴァージン

94-95 全日本ハチ光(本物そっくりのハチ公を全国に設置する)「君の好きな場所におこう」「今や無数のネットワークを結ぶ」「心の下水道」今すぐガガガに応答せよ

完成まで17年、「BADFILM」の原点

1994年ガガガ竹下通り

人いっぱいの竹下通り、園を筆頭に2つに割れる(モーゼか?)
唖然とする買い物客

「1990年代初頭、
一瞬駆け抜けた
《東京ガガガ》記憶は
もはや過去のものとなりつつある。
しかし、君がもし
再び渋谷ハチ公前交差点で
握り拳を内ポケットから
取り出す気さえあれば
《東京ガガガ》は
必ず復活する」

これは1993ー1995のごく一部
                      園子温